■ラッパーとしての成功。そして今の函館に想うこと


━━実際、ヒップホップで食べていくという決意で大学を卒業し、学生から社会人という立場になるわけですが、やはり苦労もありましたか?
tha BOSS:あった、あった。ずっと遊んでたいってテンションだったんだけど、やっぱ大学を卒業しちゃえば、結局今までずっと働いてたすすきののアルバイトのままなわけだし、まぁだんだん狭まってくるよね。金の面でも、周りの環境の面でも。俺的にはけっこうギリギリだったよ。
だから今こうやって音楽で食わせてもらってるのは、けっこう奇跡に近いっていうか。そう思うよね、あの時代の俺を思うと。

━━『THA BLUE HERB』(以下、TBH)をやられているO.N.Oさんとは、学生の頃から一緒に音楽をやってたんですか?
tha BOSS:あいつは街で働いてたけど、一緒にやってたよ。

━━O.N.Oさんとの出会いは、どのような感じだったのでしょう?
tha BOSS:O.N.Oちゃんとは、そうやって札幌で遊んでた頃に普通にクラブとかで会ったって感じだね。
O.N.Oちゃんも札幌の生まれの人間じゃなかったから、たぶん俺と同じように、この街のヒップホップの中で居場所を探していたというか、居場所を作りたかったんじゃないかな。その利害が一致したんだよね。タメだったし。

━━苦しかった時代には「音楽を辞めよう」という考えが過ぎった瞬間もありました?
tha BOSS:辞めようとは思わなかったけど、それが頭を過るまでには、結果が出たからよかったね。でも、30歳くらいになってやっと花が咲いたってのは良かったと思う、仕事や金のありがたみもギリギリまで追い詰められたからこそ身に沁みたし。
だから20歳とかで、そのままバーンと売れちゃって、それが普通だと思っちゃうよりは、結果的には良かったと思う。

━━バイトでもなんでもしながら、とにかく音楽を続けていこうというよりは、とにかくガツンと一発当ててやろうというモチベーションだったんですね。
tha BOSS:そういう気持ちはバリバリあった。

━━実際、それが成立するようになったのが、30歳くらいの時だったということですが、苦労を経て状況が好転し始めた頃は、どんな気持ちでしたか?
tha BOSS:ずっと札幌でやってて成立するってことは=仕事が入るってことだから。仕事が入るってのはどういうことかっていうと、結局東京でレコーディングの仕事とか、あと、日本中でライブの仕事が入るってことで。一個一個、来た現場をこなすのが精一杯だったね。だから、夢中だったよ、ずっと。「やっとここまできたな」とか思う余裕なんてどこにもなかったね。

━━そういう気持ちは今もないですか?
tha BOSS:今はちょっとはある。28、29の時とは違う。28、9からの4、5年間は目の前の仕事をこなすのに精一杯だったけど、35、6になってようやくちょっと落ち着けたのかもしれない。

━━10月に初めてのソロアルバムを出されたじゃないですか。そこで、TBHという人格とは違う曲や歌詞ができあがったと思うんですけど、かなりパーソナルな部分まで歌にして伝えようって思ったきっかけは何だったのでしょうか。例えば年齢だったのか、これまでの仕事のキャリアなのか、ソロを出そうというタイミングみたいなのはあったんですか?
tha BOSS:ソロアルバムを作ってみようってのはずっと昔からあったし、TBHの作品と作品の合間の、この期間に何か新しいことをやりたいってのはあったから。そうなったら歌詞の幅ってのもTBHに囚われずに書けるわけだから、自然と自分のルーツのこととかも歌ってみたいなと思っただけで、別に「ここで出そう!」ってのはないね。

━━これからもヒップホップを続けていく上で、今後のヴィジョンなどを聞かせてください。
tha BOSS:そこまで大きな計画は今は何もないよ、普通に次のライブをやるのに、どうするかっていうだけだね。そのライブが終われば、たぶんまた次の仕事がくるし。
仕事だからね、はっきり言って。しかも、自分でオーガナイズ(※3)してる仕事だから。自分で自分の仕事をどうやれば興味持ってもらえるかとか、どうやれば楽しんでもらえるかだとか、どうやればそこにマンネリを回避できるだとか、いろんなことを考えて運営しているわけだから、自分自身を。
だから、ソロアルバムをやろうってのも、その中のひとつであって。ライブもやるし、それ終わったら次はどうするかとか、ライブだってやりすぎたらあれだから引き際も大事だしとか。やっぱそうやってオーガナイズしているわけで、だから現段階として、考えてるのは12月からのライブだね。
それが終われば、また自分自身をどう運営していくかっていう。そういうふうになると思う。だから、今はまだわかんないけど、普通にそうやって仕事していくんだと思うよ。

━━仕事だという話だったんですけど、引退とかを考えることはありますか?
tha BOSS:引退は、んー、考えたことはないな。ずっとやりたいことをやっていたいよ、だから。



━━函館と札幌、2つの街について聞きたいんですが、今って函館にはどれくらいのペースで帰ってますか?
tha BOSS:年に1回くらいかな。

━━お正月とか? お盆とかのタイミングで?
tha BOSS:いや、正月とかは帰らないね。ライブで帰るってのが、ここ何年間の流れかもしれない。1泊、2泊くらいの短い期間で。

━━帰った時に、必ずここには行くとことかってあります?
tha BOSS:まぁ、ハセストかな。

━━やっぱハセスト行くんですね(笑)。どっち派ですか、タレですか、塩ですか?
tha BOSS:いや、塩なんてないでしょ。タレだよ、タレ。タレに決まってんじゃん(笑)。塩なんてあんだ。知らないわ。

━━塩も美味しいですよ。今後ぜひ! 19歳で函館を離れて、25年ということになりますが、今の函館はどんな風に見えていますか?
tha BOSS:ちょうど今年の8月に故郷のことを歌った曲(ソロアルバム『IN THE NAME OF HIPHOP』に収録された『REMEMBER IN LAST DECEMBER』)のPVを撮りに行ったのさ。そのPVが歌詞の内容を辿っていく感じだったから、けっこう長い時間、函館市内と大中山をうろうろしてたんだよね。天気もすごく良くてね。
大中山に関しては本当に自分の故郷だから、今がどうのこうのっていう時間軸では見れないんだけど、函館の駅前とかあの辺に関しては、離れてからしばらくの間、本当に没落していく過程をずっと見てたから、「いやぁー、本当にヤバイね」みたいなふうに思ってたんだけど。当初はすごくネガティブな感覚しかなくて、どうなっちゃうんだろみたいな。
でも、古い建物とかを使ってお店やってる人とか、なんかちょっと再生しつつあるのかもしれないみたいなのを、今回はじめて感じた。
俺は、すごくたくさん人がいた時代の函館を知ってるからさ。離れてからは、「函館どうなっちゃうんだろう」みたいなことを思ってたんだけど、今回は「ここからちょっと、再生していくかもな」とは思ったね。自分たちの世代で函館に帰ってきてる人とかもいるし、そういう人たちがうまくやろうとすれば。
環境にしても建物にしても、良い箱はあるわけで。そういうのを上手に使ってやってる人もたくさんいたし。街を歩いてて「あぁ、いいじゃん」ってのをはじめて思った。函館は再生への変化の途中にあるんじゃないかな。

━━『REMEMBER IN LAST DECEMBER』の中に「この町はこれからもずっと変わらねえ 100年経っても大差はねえ」という歌詞がありましたが。
tha BOSS:あれは俺にとっては大中山のことだからね。大中山は変わらない。何も変わらないと思った。相変わらず。いいか悪いかは別にしてね、山の形は変わらないよ。何年経っても。

━━函館が没落していくのを見ていた時の心情は、寂しい気持ちだったんですか? それとも、自分はもう札幌にいるからという立場で、「あーぁ、函館大変そうだな」みたいな客観的な視点でした?
tha BOSS:最盛期を知ってるだけに、駅前の『さいか』がなくなったりってのは、けっこう俺にとってはショッキングだったね。

━━今後、函館に軸足を置いて活動をしようという気持ちはありますか?
tha BOSS:今はないね。でも、今回はじめて、どっかに一軒、家くらい買って、住んでみるのもいいかなって思う瞬間はあったし、なんか俺の中で変化が起きそうだなって感覚もあった。

━━今回のソロアルバムの内ジャケって、もしかして函館ですか?
tha BOSS:そう、あれ函館。電車通りを宝来町から谷地頭の方に向かって、そこを曲がらずに真っ直ぐ行ったとこ。

━━やっぱり! なんか函館っぽいなぁと思ってて。
tha BOSS:そうだね、あれはすげぇいい写真だね。

━━歌詞カードの中にも路面電車が写っている写真がありましたが。
tha BOSS:そうそうそう、あれも函館だね。宝来町とか、あの辺りだね。

━━最初からソロアルバムに関しては函館で撮影しようという意図だったんですか?
tha BOSS:いや、そうじゃないんだけど、PVの撮影に行った時にたくさん撮ったうちの何枚かを使ったって感じ。でも、まぁ函館にして良かったなとは思ってる。ソロで、ひとつ自分のルーツに戻れたって意味でも。

━━最初、今回のアルバムを、歌詞カードとかを見ずに聴いてたんですけど、急に「函館」って歌詞が出てきて、「えっ!?」と思って。改めて歌詞カードとか見た時に、この写真はたぶん札幌じゃないし、もしかして函館かもなって思って。
tha BOSS:まぁ、本当にきれいな街だよね。そう思う。札幌はさっき言ったように海も山もあるけど、あれほど近いとこにはないし。日本中いろいろ回ったけど、歴史も含めてユニークな街だなぁとは思う。



━━具体的に札幌にはないけど、函館にはあると感じるものとかってあります?
tha BOSS:ハセストだね。

━━(笑)。大好きですか、ハセスト。
tha BOSS:大好きってか、あんなのただご飯に焼き鳥乗せただけなんだけど、まぁガキの頃食ってたっていうのもあるし。自分のルーツってのはそういうもんだよね。なかなか特別なものだと思う。
来年、新幹線とか通るようになったら、またずいぶん変わるだろうけど。函館と札幌が繋がったら、また一気に近くなるでしょ。そしたらすごく感覚も変わると思うし、さっき言った家買ってどうこうってのも、別に夢じゃなくなってくるし。

━━そうですね。期待したいです。今、函館に何か期待することはありますか?
tha BOSS:俺の中では、ハセストにしてもラッキーピエロにしても、観光にしても、結局は既得権益なんだよ。はっきり言って。その人たちが、かなり昔に作り上げたものであって、相変わらずそれしかないってとこが、俺的にはつまらなさも感じるし、でもまぁ見方によってはチャンスでもあるよね。ずいぶん停滞してるっていうか、新しいものが何も出てきてないって意味じゃ。仕掛けられる隙はあると思うよ。
未だに「函館といえばラッキーピエロとかハセスト」って言わせてるようじゃダメだよって思う。全部、30年前の古い看板じゃん。そいつらがただただ超お金持ちになっていくだけの話で。だからまぁ、逆に何かを仕掛けるチャンスだなとは思う。

━━ラッキーピエロにしてもハセストにしても、昔からあるという部分の他に、もうひとつはローカルの意識がすごく強いというか、あえて外に出て行かないという姿勢がありますが、その辺りはどう思いますか?
tha BOSS:まぁ、人の商売に口は出したくないけど、でもまぁそれも手といえば手だよね。ブランディングとしてはうまいなと思う。札幌に出てきちゃったら全部一緒だし、函館でしか食べられないって意味でも頭はいいなって思う。

━━そうですよね。
tha BOSS:でもなぁ、函館もどうなんだろうなぁー。
結局、昔から観光客を待ってるだけの街だからさ。やっぱ、そういうとこが俺個人的には昔から嫌だったというか、あんまり未来を見通せなかった部分だったね。
イカとか、観光客が来るのを待ってるだけじゃん。しかも、イカも観光客もずっと来てくれるしさ。黙ってたって。なんかそういうとこにずっと身を置き続けることに、自分の発展を見出せなかったのかもしれないよね。やっぱ札幌とかの方が自分を試せるっていうか。既得権益がないフロンティアの方が自分を試せるって思うよね。
子どもを育てたり、全部何もかもやり終わって、ゆっくり山の麓で家でも建てて、毎日ゴロゴロするには最高のとこだとは思うんだけど。もちろん、住み続けていかないと見えてこない価値もあるとは思うけどさ。

━━観光資源も何年も同じままですもんね。イカと五稜郭と夜景とみたいな。
tha BOSS:最近だと、坂本龍馬博物館とかあってさ。「何これ?」とか思った。結局、幕末のところを膨らますしかないのかって。「なんだかなぁ…」って感じだったよ。
でもね、結局、どこに住んでいようと、やる奴はやるから。はっきり言って。俺たぶん札幌にいなくたって、何かやってたと思う。よくいろんなやつから言われるけど、「BOSSは、ヒップホップがなくても絶対になんかやってたでしょ」って。俺も絶対やってたと思うし。札幌じゃなくても、ヒップホップじゃなくても、たぶん何かやって、勝負かけてたと思う。だから函館に居ようが居まいが、やる奴はやるから、要するに個人の資質の問題だよ。街のことは、大した問題ではない。そう思う。函館って街を覆っている、ある意味支配している、色んな既得権益が強固であればあるほど、そこへの反発も強くなって、何かやってやろうって人もいつかは出てくると思う。やる奴はやる。
だって、俺は別にゲットー(※4)の出身でもないのに、スラムの出身でもないのに、ヒップホップやれてるし、本来ヒップホップってのはそういうとこのものだったんだけどさ。そういう人間ではないのに、こうやってそれなりに表現できてるし。ってことは、別にやろうと思えば何でもできるし。函館にいようが、観光に携わっていようが、なかろうが、やる奴はやる。だから、本当に個人の問題だよね。それに尽きる。

━━けれど、やっぱりBOSSさん的には、札幌に出てきたのが大きなきっかけになったわけですよね。
tha BOSS:結果的にはね。結果的には大きいけど、何かしらの事情でずっと函館にいなきゃなんなかったとしても、たぶん何か勝負はかけてたと思うし、別にそのまま函館で仲間作ってヒップホップでやってたのかもしれないし。
別に札幌に出てきたからどうのってのは結果論であって、やる奴はやるし、それで突き抜けれるか、諦めるか、上がるか、下がるか、生きるか、死にながら生きるか、ただそれだけだよね。
ましてや今なんてインターネットの世の中だし、全然関係ない。大中山も、函館も、札幌も、ニューヨークやパリ、ロンドンに比べたらどこも田舎町なんだから。やる奴は、どこにいてもやるんだよ。


※3:オーガナイズ
企画・計画すること


※4:ゲットー
移民や少数民族など特定の社会集団が住む地域のこと。アメリカにおいては主に黒人の居住区を指す










ハセスト

「美味いかどうかってより、ガキの頃から食ってたからね。思い入れはあるかな。」

とんき

「さいかデパートの通りにあったトンカツ屋。たしか、まだあったよね。」

カリフォルニアベイビー

「学生の時は敷居が高くて行けなかったね、ちょっとスカしたお洒落な人達が行く場所だと思ってたから。数年前行ったけどご飯美味しかったよ、シスコライス。」





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