18歳にして一家の大黒柱となった少年が見つめた未来と
仕事の中で見つけた生産者と消費者を繋ぐ喜び

角野 展稔 さん(34)
 職業:ソムリエ
出身地:函館
現住所:東京
 函館→東京
 

 
 
 
18歳のときに母親を亡くし、残された弟妹を支えるために、働き詰めの青春時代を送ったという角野展稔さん。突然訪れた母親の死によって、「自分もいつ死ぬかわからない」と考えるようになった角野さんは〝自分の城〟を築くつもりで上京し、何のツテもないまま飲食の世界に飛び込んだといいます。
現在は、オーナー兼ソムリエとして、千駄ヶ谷でビストロ『やさいとワインの店 アンフォラ』を経営する角野さんに、裕福な暮らしから一転して「本当に貧乏だった」という函館での生活や、読書体験によって培われたポジティブな生き方、農楽蔵をはじめとする函館近郊の生産者の方々との衝撃的な出会いなどについて伺いました。

 
取材・文章:阿部 光平、撮影:馬場 雄介、イラスト:阿部 麻美 公開日:2016年12月17日

 
 

 
 
 
 
 
 

ポジティブ思考を喚起させた読書体験と、それを実現する行動力

 
 

 
━━東京での暮らしには、すぐに馴染めましたか?
角野:人がすごく多いし、慌ただしいし、来たときは本当にワケがわからない状況でした。だけど、辛いって思ったことは1回もなかったです。常にワクワクしていましたね。
運送会社で働いてたときに、ちょっと変わった人がいて、その人が成功哲学とか、自己啓発みたいな本をたくさん読んでいたんですよ。それで、試しに僕も読んでみたら、「けっこう好きだな」って思って。それから年間で300冊くらい読んだんです。車に10冊くらい置いておいて、暇なときに読んでたんですけど、その影響もあって常にポジティブな状態だったんですよ。「成功者はポジティブだ!」って内容が多かったので(笑)。
それに加えて、母親が亡くなったことで、「いつ死んでもいい」みたいなモードにもなってたので、めちゃくちゃ前向きだったんですよ(笑)。
 
━━その状態、すごいですね(笑)。まさに、怖いものなしって感じですか。
角野:ですね(笑)。だから、東京での生活は楽しかったです。歌舞伎町のバーで働いていたときは、深夜から朝まで働いて、そのあと先輩とご飯を食べに行って、パチンコ行こうかってなって、そのまま夜中まで遊んで、1、2時間寝るか寝ないかくらいで、また仕事とか。そんな生活でした。最初の1年間はほとんど休んでなかったですけど、毎日が遊びのような感じでした。
 
━━運送会社のときとは、まるで違う生活ですよね。そういう暮らしの中で、先ほどのお話にあったソムリエの方と出会って、人生が変わっていくわけですね。
角野:そうですね。自分のお店を出したいっていうのは、飲食の世界ではみんなが言ってることなんですよ。だけど、ほとんどは漠然としたもので、結局お店を出したところで何をしたいかはっきりしていないというか、同じようなお店も多いじゃないですか。だから、ワインとかソムリエとか、何か確固たるものが欲しかったんですよね。
 
━━そう思ってから、行動に移すまでが早いですよね。
角野:やっぱり、そのときはポジティブな本をたくさん読んでたから(笑)。「決断を先延ばしにしない」ってのが全部刷り込みで入ってたんですよ(笑)。
 
━━なるほど(笑)。成功哲学とか自己啓発の本って、読むだけで何かを成し遂げたような気になっちゃう人が多いような気がするんですけど、角野さんのように本の内容が実際の行動に結びついている人って初めて会ったかもしれないです(笑)。
角野:自分には合ってたのかもしれないですね(笑)。

 
 
 

━━東京に出てきたときにぼんやりと思い描いていた自分のお店を持たれて、この次に目指している目標はありますか?
角野:ここを、ビルにしたいと思ってるんですよね。
 
━━ビル!? どういうことですか?
角野:2020年にオリンピックがくるので、そのときには住居兼お店のビルにしたいなと。
 
━━ビルを建てて、何をしようと?
角野:ひとつはワインショップを入れたいなと思っています。1階をワインショップにして、2階はレストラン、あとは自分達が住むところも兼ねて、4階建てくらいのビルでいいなと思ってるんですけど。
今は住宅ローンも組みやすいという話を聞いたり、自分で商売やっているので近くの銀行から融資も受けられるだろうし、すべてのタイミング合えば、ここをビルにしたいですね。
 
━━なんか、実現しそうな気がします(笑)。
角野:(笑)。
 
━━今は、どれくらいの頻度で函館に帰っていますか?
角野:なぜか年に1回くらい冠婚葬祭があって、そのタイミングで帰っています。なので、あまりゆっくり帰ることはなかったですけど、今年の夏は、久々に長く帰りました。かなりの過密スケジュールでしたけど(笑)。
 
━━夏の帰省では、生産者の方に会うのがメインで、あまり街中に出歩くことはなかったと思いますが、函館の街に自分が住んでいた頃との変化は感じましたか?
角野:自分は飲食店をやっているので、そういう部分に目がいくんですけど、最近はいいレストランが増えたなという印象はあります。それこそ、素材選びにこだわりが感じられて、農楽蔵さんのワインを飲めたりだとか。
あとは、王様しいたけとかチーズとか、カボチャとか、近郊で作られた食材を函館で食べられるのは嬉しいですよね。大間のマグロとかって、ほとんどが東京に行っちゃうじゃないですか。結局は地元の人たちは食べられないっていう。でも、函館近郊の生産者の方々は地元に卸してくれているので、スペシャルな食材が鮮度の高いままで食べられるというのは、本当に素晴らしい環境だなって思います。
 
━━今後、ここをビルにしたいという話がありましたが、将来的に函館へ戻ろうかなという考えはありますか?
角野:今のところはないですね。やっぱり家族もいて、「ここに自分の城を築くぞ!」というつもりで東京に出てきているので。とりあえずは、東京でやっていこうと思っています。
ただ、地元の食材を使ったレストランと一緒に、地産のワインを広げたり、街づくりみたいなことへの意識はあるので、そういうことはしたいと思いますね。
 

MY FAVORITE SPOT

 
函館近郊の生産者
 「 最近で一番衝撃的だったのは、農楽蔵さんの周りの人達ですね。生産物はもちろんなんですけど、家も自分で建てたとか、ワインセラーを自分で掘って作ったとか、東京では考えられないようなことをしている人がたくさんいて面白かったです。」
 
漁火

「 漁火漁船がある風景が好きなんですよ。外人墓地の方から見える入舟漁港の景色や、大森浜で見える漁火の光が好きです。」

 
自由市場

「  銀ダラを売っている老夫婦のお店があって。自家製の味噌漬けなんですけど。それが安い上に、すごく美味しくて。帰るときはいつも行ってて、一度に20個くらい買ってきます。」