様々な地域を取材してきた果てに辿り着いた
〝外から盛り上げる〟という新しい地元との付き合い方

鳥井弘文 さん(27)
 職業:ブロガー・会社経営
出身地:函館
現住所:東京
 函館→東京→北京→東京

 
人気ブログ『隠居系男子』を運営し、これからの暮らしを考えるウェブメディア『灯台もと暮らし』を運営する株式会社Waseiの代表を務める鳥井弘文さん。実はバリバリの函館出身者なんです。附属中学校を卒業後、慶應義塾湘南藤沢高等部へ進学。そこで待っていたのは、テレビの中で見たような華やかな街と、函館弁の少年に対する好奇の眼差しでした。訛りを指摘される恥ずかしさというのは、地方出身者なら誰しもが身に覚えのある経験ではないでしょうか。それから12年、北京での生活を経て、東京の第一線で活躍する鳥井さんに、15歳までの多感な時期を過ごした函館のことや、ブログを始めた経緯、これから考えている地元との関わり方など、様々なお話を伺いました。

 
取材・文章:阿部 光平、撮影:馬場 雄介、イラスト:阿部 麻美 公開日:2015年10月2日

 
 

 
 
 
 
 

地元を客観視し、外から函館を盛り上げるというスタンス
 

━━函館を離れて12年ということになりますが、現在はどれくらいのペースで帰省していますか?
鳥井:1年に1回くらいのペースですね。だいたい3、4泊って感じです。
 
━━帰省中はどんな風に過ごしていますか?
鳥井:特に変わったことはしてないですね。普通に両親と話したりとか、なんだかんだ仕事もしてます。あとは、ふらっと馴染みのある風景を見に行ったり、函館の美味しいもの食べてって感じですね。
 
━━離れてから、改めて見る函館はどのように映りますか?
鳥井:まず、自分が函館をどう見てたかというと、すごく閉鎖的というか、保守的な街だなと思っていました。全然新しいものが入ってこないとか、前例がないものをやらないとか、そういう部分が嫌だったんですよね。観光資源はずっと五稜郭と夜景だし、お土産物も、もうずっと変わってないんじゃないかなってくらい同じものが売っていたりして。
だけど、今帰ってみると、その保守的な部分の裏にある〝人の優しさ〟みたいなものが函館の一番の強みなんじゃないかなと思うようになりました。
函館出身だという話をすると、「函館行ったことある!」とか「夏休みに行ってきたんだー!」とか言われたりするじゃないですか。そういう時に、みんなが言ってくれるのは、まず「ごはん美味しかった」ってことなんですけど、それと同じくらい「宿のおばちゃんがすごく優しかった」とか「飲み屋のお兄さんがすごくいい人だった」とか、人によっては「キャバクラの女の子すごくやさしかった」とか(笑)、けっこう人にフォーカスした感想を言ってくれるんですよね。やっぱり〝人の優しさ〟とか〝人の良さ〟ってのが函館の魅力なのかなと思うようになりました。
あと、僕、『モヤモヤさまぁ~ず2』という番組が大好きで、ほとんど全放送を見ているんですけど、函館の回はやっぱり〝人〟が際立っていて。すごくシャイだから出たがらないけど、その裏に優しさが見え隠れして、やっぱり函館の魅力って〝人〟なのかなと改めて思ったんですよね。今になると、本当にいい街だなと感じます。
 
━━そういう街にまた身を置きたいという気持ちはありますか?
鳥井:それは、まったくないですね。
 
━━それとこれとは別問題って感じなんですかね? 外から見てるといいなとは思うけど、中に入る気にはならないと。
鳥井:北京の2年間を挟んで、今東京に住んでからは10年なんですけど、物心がついてからと考えると、すでに函館よりも東京の方が長いくらいなんですよね。なので、ある種、客観的というか、ちょっと外からの視点で函館を見ることが多くて、なんか地元の人たちと肩を組んで、みんなで街を盛り上げようっていう様子は想像できなくて。できるとすれば、きっと I ターン的な関わり方なのかなという考えは漠然とあるんですが。そういう意味でも函館に戻ろうって気持ちはまったくないですね。
 
━━鳥井さんは以前、ブログで「プレイヤーになりたい」というのと「それを伝えたい」というのは、似ているようで違うベクトルだというお話をされていましたが、それに似た感覚でしょうか。
鳥井:そうですね。あんまり中に入りすぎちゃうと、その土地の人になっちゃうんで、あえて外の人の目線で関わるというスタンスは持ち続けたいなと思います。そういうスタンスで函館を盛り上げたいなという気持ちはあるので「じゃあどうやったら外から盛り上げられるんだ?」ってのは考えたりしていますし、今後もその方法をどんどん模索していこうとも思ってます。
以前、ブログで函館蔦屋書店の記事 を書いて、すごくたくさんの方に読んでもらって、あれをきっかけに「函館に行ってきたよ」っていうコメントをくれた方もいたんです。その時に、こういう貢献の仕方もあるのかなと思いました。やっぱり地元を出ると「いつかは故郷に錦を飾りたい」みたいな気持ちが生まれると思うんですけど、こういう錦の飾り方もあるんじゃないのかなぁって。
 
━━ 自分の発信力をつけて、それを活かしたアプローチをすると。
鳥井:そうですね。自分が書いたもの以外でもおもしろい函館の記事とかがあれば、 Twitter などでどんどんシェアしていこうみたいな心がけはありますね。
 
 

 
 
━━では、続いて東京について。いいなと思う部分と、物足りなさを感じる部分があれば教えて下さい。
鳥井:たくさんの情報に触れられるというのは東京のいいところだと思います。物足りなさを感じる部分は いっぱいありますね(笑)。
まず、海が遠いなって感じます。僕ら函館で育った人にとって、海が近くにあるは当然って感覚があるじゃないですか。
 
━━ありますね。自転車で気軽に行くところという感覚ですもん。
鳥井:ですよね! でも、東京では海に行くのも一苦労なんです。海に面しているってのは、気持ち的にもいいですし、あとは必然的にご飯がおいしいじゃないですか。港町に住む恩恵って、実はこんなにも大きかったんだなと今になって感じます。今住んでいるところの近くには、隅田川が流れているんですけどあまりキレイな川ではないので(笑)。
 
━━自分が住んでる街の特色というのは、そこを離れてみないとかわらないですし、それが当たり前になっちゃうとありがたみも感じなくなりますもんね。
鳥井:本当にそう思います。あれだけ食が豊かだったということも、離れてから気づかされましたね。
僕が住んでいる浅草周辺は、モツ煮込みとかが有名だったりするんですけど、北海道だとモツとかあまり食べないじゃないですか。それ以上においしいものが山ほどある中で、別に無理して食べる必要がないというか。東京の下町でモツ煮とかが名物になった背景には、新鮮な食べ物がないという環境があったんだろうなぁと思います。
 
━━北海道には「切って出す」だけでおいしいものがたくさんあるんですよね。それこそ素材の力だと思うんですけど、その分、料理法とかは発展してこなかったというか、シンプルなものが多いのかもしれませんね。
鳥井:そうなんですよ。地方とかに行くといろんな郷土料理をいただくんですけど、そういうのって「食材が美味しくない」ってとこからスタートしているものも多いような気がするんですよね。美味しくないと言ったら語弊がありますけど、限られた食材しか手に入らないから手の込んだ料理にして素材の味をごまかすというか。函館にこれといった郷土料理がないのは、食材が美味しすぎるせいのかなとも思います。各地で美味しいものをいただいてますが、やっぱり地元のご飯は別格だなとは思いますね!
 
━━同感です! では、最後に今後のヴィジョンを聞かせてください。
鳥井:地域を盛り上げたり、これからの暮らしを考えたり、新しい生き方を提案できるようなメディアを作っていければいいなと思っているので、そういうところを発展させていきたいです。
あと、今後やっていきたいと思っていることのひとつに「横展開できるモデルを提示したい」というのがあるんですよ。自分が作り上げたモデルとか仕組みでもいいですし、他の地域で実践された成功モデルみたいなものでもなんでもいいんですけど、それをどんどん同じような境遇にある人や街に横展開させていければ、地元のいいところを残しつつ、課題を解消できるのかなと思っています。そういうところを情報やノウハウとしてシェアできるような環境を作っていきたいです。
ノウハウというのは〝知識〟の部分だけではなく、ある問題にぶち当たった時に、人はどう考えたとか、どう思ったのかみたいな、ある種〝知恵〟の部分もあると思うんです。それを自分たちが発信していき、コンテンツとして蓄積することによって、いつの時代の人が読んでも「あー、この時代の人はそう考えたのか、じゃあ今の自分たちはこういう風に考えて、こうやれば上手くいくかも!」みたいな発見が生まれるといいなと思っているんです。だから、そういうノウハウを交換できるような場所やイベントも積極的に作っていきたいと考えています。
 
━━実際に『もとくら』では、各地で見つけた食材を用意したイベントや、オンラインサロンなども始められていますもんね。
鳥井:そうですね。『もとくら』をやってて思うのは、数千人規模の村とか町とか、過疎地域でも成功モデルってのはけっこう増えてきたなと。地方創生の後押しや、 I ターン移住者の活躍みたいなことで。
一方で、函館くらいの中規模都市の街が今後どうなっていくのかなってのは、けっこう気になっていて。実はそういう街が一番日本中に多いわけじゃないですか。自分たちで地方自治しているような感覚も持てず、かといって地域の人たちが集まってこれからのことを考えるような場も持てない中規模の街というか。そういう街が今後どうなっていくのか、そこで何を提案していくべきなのかということもしっかりと視野に入れていきたいなと思っています。
 
━━「自分たちで地方自治しているような感覚も持てず、かといって地域の人たちが集まってこれからのことを考えるような場も持てない規模の街」というのは確かにその通りですね。
鳥井:そういった街の新しいかたちを提案するというひとつのきっかけとなるのが、函館蔦屋書店みたいなところかもしれませんね。あれくらいの大きさの箱で、文化を育てるといった取り組みをされてますけど、あれがひとつの成功モデルになれば、他の街にも波及していくんじゃないかなとは思います。
実際、函館蔦屋書店の取り組みによって函館は徐々に変わってきてるじゃないですか。けっこう面白いイベントが開催されていると聞きますし、それに興味ある人たちが集まってきているみたいですよね。港サイドではなく、山側からそういう変化が起きているのが、今の函館の面白いところかなと感じています。街の今後や、蔦屋書店の取り組みにはすごく期待しています。
 
 
 

MY FAVORITE SPOT

 
函館蔦屋書店  

帰るといつも仕事場として使わせてもらっています。ここで仕事をしながら、函館を観光するという形が生まれたらいいなと思います。

 
元宝

赤川にある何の変哲もない中華料理屋さんです。前に住んでたとこから近かったのでよく家族と一緒に行っていて。大ぶりでジューシーな餃子が美味しいんですよねぇ。


 
夜の雪道 

函館の雪って水混じりで重たいじゃないですか。寒い日の夜とかは、それが固まってジャリッジャリッって音がするんですよね。あの感覚が、すごく函館を感じさせてくれます。