函館出身者が集うカフェのオーナーが懐抱する
『故郷へ帰る』という揺るぎなき想い

齊藤亘胤 さん(41)
 職業:カフェオーナー
出身地:函館(北斗市)
現住所:東京
函館(北斗市)→東京

 

 
数多くの飲食店がひしめく東京・三軒茶屋で、カフェ『kirin』を経営する齊藤亘胤さん。函館直送の魚介類や、新鮮な野菜、さらには〝チャイニーズチキン〟から着想を得たというチキン南蛮が食べられるお店として、懐かしい味を求める函館出身者が数多く訪れています。
スポーツトレーナーを目指して日体大に進学するも、卒業時には役者を志すようになり、結婚後は飲食の道を歩き続けてきたという齊藤さん。紆余曲折を経て東京で自分のお店を持つに至った彼に、「幸せをダイレクトに感じられる」という飲食業の魅力や、病を患った父との初めての言い争い、家族と離れ離れになっても帰りたいという函館に対する強い想いなどを伺いました。

 
取材・文章:阿部 光平、撮影:馬場 雄介、イラスト:阿部 麻美 公開日:2016年6月24日

 
 

 
 
 
 
 

「幸せをダイレクトに感じられる」という飲食業の魅力
  

━━齊藤さんは、飲食業界での仕事が長いということですが、自分のお店を出そうと思ったきっかけは何だったのでしょうか?
齊藤:自分が信じていることをやってみたかったんです。それまで色んな飲食店で働いてきて、「飲食って、こんな感じの方がいいよな」っていうイメージが、自分の中で、けっこうできあがってきてたんですよね。
他の業界でも同じだと思うんですけど、飲食業界もやっぱり、その店に馴染んで働ける人ってのが重宝されるんですよ。だけど、たとえ繁盛しているお店でも、「お客さんを喜ばせるとか、お客さんに納得してもらうってのは、本来もっとこうあるべきじゃないかな?」って疑問に思う部分ってのはあって。そういう想いが強くなってくると、上とぶつかるようになるじゃないですか。
 
━━マニュアル的な接客に違和感を覚えたりとか。
齊藤:そうです、そうです。ただ、上の人に「お前、自分が言ってるようなことを、本当に実現できると思ってんの?」とか言われると、ちょっと自信がない部分もあったんですけど、でもやってみたいなって気持ちは常にあって。それが、自分のお店を出そうと思ったきっかけですね。
 
━━自分が思い描く理想の飲食店を形にしたいっていう気持ちが根本にあるわけですね。
齊藤:ですね。だけど、僕がこうしたいって思ってたのは、料理とか接客の部分で、内装とかメニュー表のデザインとかには、あまりこだわりがなかったんですよね。だから、そういう部分で頼れる妻がいたというのは、すごく大きかったです。
 
━━自分に足りないところを補ってもらうというか。
齊藤:そうですね、まさに。
 
━━ちなみに奥さんとは、どこでお知り合いになったんですか?
齊藤:妻はもともとモデル活動をしてたんですけど、僕が所属していた劇団の客演オーディションを受けにきたんですよ。そこに受かって、モデルとして参加してたんですけど、僕としては、年齢も5つくらい下だし、いとこの子が入ってきたみたいな感じで、可愛がってたんです。お菓子あげたりして(笑)。それが結果的に餌付けみたいなになって、お付き合いすることになりました(笑)。それから3年後に結婚することになって、そのときに2人とも演劇とか、タレント業の世界からすっぱり足を洗うことにしたんですよ。
僕は、これ以上やっても、このハートじゃ無理だなと思ったんです。なんか、もったいないことをいっぱいしちゃったんですよね。
 
━━〝もったいないこと〟といいますと?
齊藤:いただいた仕事とか、勝ち取った仕事とかを、けっこうちゃらんぽらんにやっちゃったりして。「もったいねー」みたいなことを何度かしちゃって。「本当に俺、やる気あんのか?」って自問自答したときに、「いや、こんな気持ちでやって、嫁さんを食わしていくなんて、ちょっとあり得んぞ」と。
あと、ドラマとか CM とかに出てる先輩達が全然食えてなくて、舞台がないときは居酒屋でバイトしながら、奥さんは年中パートに出てるみたいな話を聞くと、「俺はそんなことするために生きてるわけじゃないし、そこまでこだわって役者をやりたいわけでもないな」って思うようになったんですよね。
妻は妻で、同じタイミングで『雷波少年』っていう、『電波少年』の後にやってた番組からオファーがきたんですよ。どこかに連れて行かれる系の企画で。だけど、「私離れたくない」みたいな理由で、オファーを断っちゃったんです。それで彼女も、「そんなことで断っちゃうような気持ちでやっていけるような世界ではないってわかってるから、やめる」って。
 
 

 
 
━━飲食を始められたのは、その後のことですか?
齊藤:飲食業は、大学生のときからバイトをしてて、芝居やりながらもカフェで働いたりしてたので、飲食業歴でいうと、今の時点で23年くらいになります。なので、役者を諦めようって思ったときには、もう飲食の道しか考えてなかったですね。楽しかったんで、単純に。
 
━━飲食業のどういう部分に楽しみを見出していたのでしょうか?
齊藤:飲食業って、わかりやすいんですよ。幸せを受け取りやすいというか。相手の反応が直に見えるので。
その反面、すぐに悪さも伝わってくるんですけどね。「あー、楽しんでないなー」とか、「満足してくれてないな」とか。
 
━━なるほど。相手の感情の動きが、目の前で〝現象〟として起きているわけですもんね。
齊藤:そうなんです。そういうのって、飲食以外だとなかなか実感を持てないと思うんですよ。例えば、雑誌に対する反応だったら、読者の声とか、ネットの反響とかってかたちで返ってくるけど、感情を直接目の当たりにすることってできないじゃないですか。
その点、飲食は、料理が運ばれてきて、それを口にした表情を見ただけでも、「あぁ、美味しかったんだ」ってわかるし、目線とか、次のフォークが料理に運ばれていく間隔だったりとか、顔の乗り出し方とかを見ると、「気に入ってもらえたんだな」ってわかるわけですよ。そういう喜びが、日々の営業で感じられるっていうのが、飲食業のいいところだと思いますね。
 
━━その感覚って飽きることはないですか? 毎日毎日お客さんが喜ぶ姿を見ていても感じる幸せの量が減ったりすることはないんでしょうか?
齊藤:そうですね。今のは、どっちかというとホール側の目線なんですけど、うちチキン南蛮が名物で、それを毎日同じように、しかも、何年間も作り続けているんですよ。もう何万個のチキン南蛮を作ってんだって話なんですけど、でも毎回違うんですよね。仕上がりが。
機械で作ってるわけではないので、なんとなく同じサイズ感だけど、形は違ってるじゃないですか。1人前で5個なんですけど、「これをこうした方が並びがいいよね」とか、「この下に野菜があるから、こうした方がきれいに見えるよね」とかっていうがあるので、常に同じものが出来上がるってことはないんですよ。
これは上手くいったなって手応えを感じられたりして、絵を描くみたいな感覚というか。僕の料理なんて全然絵画的ではないんですけど、でも毎日見てても違うんですよね。「うわ、これすっげぇ美味しいと思う! 見た感じが、美味しそうだもん!」とか。食べてみたら案外変わらないかもしれないですけど、出してる側としては毎回新鮮さがあるので、飽きないですね。
 
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